• 【火 10 SUPPRESSIN 抑圧】

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火 10 SUPPRESSIN 抑圧

このカードの人物は、まさに文字どおり
「すっかりからめとられて」います。

それでも彼の光は内側で輝いていますが、
ひじょうに多くの要求と期待にこたえようとするあまり、
彼は自分自身の活力を抑え込んでいます。

自分を閉じ込めているのとまったく同じ力によって
認められることと引き替えに、
彼は自分自身のパワーとヴィジョンをあきらめているのです。

このようなやり方で自分の自然なエネルギーを
抑圧することがいかに危険か、それはこのイメージのふちで
今にも爆発しようとしている火山の亀裂にはっきりと現われています。

このカードのほんとうのメッセージは、
潜在しているこの爆発が癒されるはけ口を見つけることです。


まさに今、あなたの内側でつのっているに違いない緊張とストレスを
すべて解き放つ道を見つけることが、絶対に必要です。

枕を叩いたり、飛び跳ねたり、大自然のなかに出かけて
空っぽの 空に向かって叫んだり――

自分のエネルギーを揺り起こし、
自由に巡らせることのできることなら、なんでもしましょう。

破局 (カタストロフィー) が起こるのを待っていてはいけません。





サンスクリット語には「アラヤ・ヴィギャン」という名称がある。

社会の条件、文化、文明ゆえに、やりたくてもできないことをあなたが
その地下室に放り込みつづけているその家のことだ。

だが、それらはそこに溜まりつづけ、あなたの行動、
あなたの生に影響を与える――

ひじょうに 間接的に。

直接には、それらはあなたの前に出てくることはできない――

あなたはそれらを暗やみに押し込んだのだ。

だが、その暗い面から、それらはあなたの
振るまいに影響を与えつづける。

それらは危険だ。

こうしたすべての抑制を自分の内側にとどめておくことは危険だ。

人が精神に異常をきたすとき、こうしたものごとが
クライマックスに達するのだということは
大いにありうる。

精神異常とは、こうした抑圧がすべて、
もはや自分ではコントロールできないポイントにまで達して
しまうこと以外のなにものでもない。

だが、狂気は容認されるが、瞑想はそうではない――が、

瞑想こそ、あなたを完全に正気にさせる唯一の道だ。
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  • 【火 9 EXHAUSTION 消耗】

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火 9 EXHAUSTION 消耗

これは、うぬぼれと生産性という巨大で
おかしな機械に頑張って燃料を供給しつづけて、
自分の生の全エネルギーを使い果してしまった人のポートレートです。

彼は「すべてをうまくまとめ」
「あらゆるものがスムーズに作動しているか確かめる」ことに
あまりにも忙しかったために、休むことをすっかり忘れていたのです。

彼にとっては、遊ぶことなどもってのほかです。

海辺へのちょっとした旅行のために
自分の義務を放棄することは、彼にとっては
構造全体が崩壊してしまうかもしれないということなのです。

このカードのメッセージは、それでも、
仕事中毒(ワーカホリック) にかかっているということだけを
伝えているのではありません。

安全ではあっても不自然な決まりごとを設け、
それに従うことで、混沌として自然に起こることが
扉から入ってこないようにしてしまう、
そういうやり方すべてに対する共通したメッセージでもあります。

生は管理すべきビジネスではなく、生きるべき神秘です。

タイムカードを破りすて、工場から脱出して、
地図に載っていないもののなかへと、
ちょっと旅行しましょう。

リラックスした心の状態なら、
あなたの仕事はもっとスムーズに流れます。





良心(コンサイエンス)でもって生きる人は堅くなる。

意識(コンシャスネス) でもって生きる人はいつもソフトだ。

なぜだろう? いかに生きるべきかという考えを
持っている人は、自然と堅くなるからだ。

そういう人はたえず自分の人格を身につけていなければならない。

その人格は鎧のようなもの、自分を保護するもの、
自分を安全にするものだ。

その人の一生がその人格に投資される。

そして、いつもその人格から状況に反応する。直接にではなく——。

そういう人になにかたずねたら、その答えはすでに決まっている。

それが堅い人物のしるしだ——鈍く、愚かで、機械的だ。

いいコンピューターではあるかもしれないが、人間ではない。

あなたがなにかすると、その人はいつものように
決まりきった反応を示す。

その反応は予測できるものだ。そういう人はロボットだ。

本物の人間は、自然に起こるがままに行動する。

その人になにかたずねたら、その問いには
機械的な反応ではなく自然な応答が返ってくる。

その人はあなたの問いにハートを開き、
あなたの問いに自分をさらし、それに応える……。
  • 【火 8 TRAVELING トラベリング】

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火 8 TRAVELING トラベリング

この素晴らしい風景をぬって道を歩む小さな人影は、

ゴールのことなど気にしていません。

彼、あるいは彼女は、旅そのものがゴール、
巡礼そのものが聖地だということを知っています。

道を歩む一歩一歩、それ自体が大切なのです。

このカードは動きと変化の時期を示しています。

ある場所から次の場所への物理的な動きかもしれませんし、
ひとつの在り方から別の在り方へのうちなる
動きということもあるでしょう。

しかし、どんな場合でも進むのはたやすく、
冒険し、成長しているという感触が
もたらされることをこのカードは約束しています。

余計な苦労や計画は必要ありません。

新しいものを受け容れ、抱擁することを思いださせてくれます。

ちょうど私たちが日ごと慣れ親しんでいるものとは違った
文化や環境を持つ別の国を旅しているときのように。

受け容れるという姿勢は、
私たちの生にあたらしい友人と体験を招き入れます。





生はつねに、つねに、連続したものだ。

それは最後の目的地に向かって進んで行くのではない。

巡礼そのもの、旅そのものが生なのだ。

どこかの地点に行き着こうとしているのではなく、
ゴールはなく、ただ踊りながら、巡礼の内にあって、
どんな目的地も気にせずに楽しく進んで行く。

目的地にたどり着いたところで、
あなたはなにをしようというのかね?

これまで誰もこんなことをたずねた者はいない。

誰もが生に目的地を設けようとしているからだ。

だが、それが暗に意味するのは……。

もし、あなたがほんとうに生の目的地に着いたとしても、そのあとは?

あなたはとても困ってしまうだろう。

どこにも行くところがない……
あなたは最後の目的地に着いてしまったのだ

しかも、その旅の途中で、あらゆるものを失ってしまった。

だから、あなたは最後の目的地に丸裸で立ち、
まるで馬鹿のようにあらゆるところを見回すことになる。

いったいなんだったのだ、と。

あなたは必死になって急いでいたし、次々と心労が絶えなかった。

それなのに、その結果がこれなのだ。
  • 【火 7 STRESS ストレス】

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火 7 STRESS ストレス

計画が多過ぎて「アドバルーン」を上げすぎて、
あまりの負担に耐えられなくなり、ちょっとした風邪で寝込んだり、
堕ちてしまって、結局は松葉杖のお世話になった人たちが
どれくらいいるか知っていますか?

そういった「タイミングの悪さ」はあるもので、
この絵のサルが手にしたピンで、
ワンマンなバンドを一差しにしようとしているようなものです。

このカードが表しているストレスの質には時折、
私たちみんなが見舞われますが、
とくに完全主義者たちは冒されやすいのです。

自分たちがいなければなにひとつ起こりはしない。

そういう考えがあって、私たち自身がストレスを生み出しています。

散歩にでて、花を買って、自分のために
スパゲッティの夕食でも作りましょう。

「どうってことのない」ものであればなんでもいいのです。

猿の手の届かないところにいましょう。






個人的なゴールはすべてノイローゼのようなもの。


本質を極めた人は

「運命を探し求める必要はない、ものごとは起こっているし、
世界は動いている。それを神と呼ぶなら、神のしわざなのだ。
それらはひとりでに起こっている。
私が奮闘し、努力する必要はまったくない。
私がなにかのために戦う必要はない。
私はリラックスして、ただ在ればいいのだ」

ということを知るようになり、感じるようになる。
  • 【火 6 SUCCESS 成功】

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火 6 SUCCESS 成功

この人物はまさに今、明らかに「世界の頂点」に立ち、

全世界がテープや紙吹雪の舞う歓迎パレードで彼の成功を祝っています!

最近あなたは生の挑戦を進んで受け入れたために、

今、 成功という虎にのって進むその素晴らしさを楽しんでいます

あるいは、もうすぐ楽しむことになるでしょう。

それを歓迎し、楽しみ、自分の喜びをほかの人と
分かち合いましょう。

そして、 華やかなパレードには、すべて始まりと
終わりがあることを覚えておきましょう。

このことを心にとどめ、いま体験している幸せ から
最後の一滴までジュースを絞り取ったら、
なにひとつ後悔することなく未来を来るがままに
受け容れることができるようになります。

しかし、この満ち足りた瞬間にしがみつこうとか、
この瞬間が永遠につづくように、プラスティックで
固めてしまおうとかという誘惑に引き込まれてはいけません。

生というパレード のあらゆる現象に対して
それが谷であろうと頂(いただき) であろうと、、、
心にとどめておくべき最大の智慧は、
「これもまた過ぎ去る」ということです。

祝う……、もちろんです。

そして、どこまでも虎にのって行きましょう。





海の波をよく見てごらん。

波が高くなればなるほど、次につづく跡は深くなる。

ある瞬間、あなたは波だが、別の瞬間には
その後からやって来る、くぼんだ跡だ。

両方とも楽しむがいい——どちらかひとつにおぼれてはいけない。

私はいつも頂点にいたい、と言ってはいけない。
それは不可能だ。ただ事実を見るがいい。

不可能なのだ。それはこれまで一度も起こったことがないし、

これからもけっして起こらない。ただただ不可能なのだ

ものごとの道理からして。そうだとしたら、どうしたらいい?

頂点がつづいているあいだはその頂点を楽しみ、
次に谷が来たら、その谷を楽しむことだ。

谷のどこが悪いかね? 落ち込んでいることのどこが悪い?

それはくつろぎなのだ。頂点は興奮だ。
たえず興奮したままでいることなど誰にもできない。