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  • 【雲 10 REBIRTH 再誕生】

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雲 10 REBIRTH 再誕生

このカードは、フリードリッヒ・ニーチェが
『ツァラトゥストラはかく語りき』
で述べている意識の進化を表わしています。

彼は駱駝(らくだ)、ライオン、
子どもという三つのレベルを語っています。

駱駝は眠たげで、怠惰で、自己満足しています。

自分はお山の大将だと考えて
妄想の世界で生きていますが、
実は、あまりにも他人の意見を気にしすぎて、
自分自身のエネルギーはほとんどありません。

その駱駝から現われ出るのがライオンです。

これまでずっと生を見逃してきていたことがわかったとき、
私たちは他人の要求に対して「ノー」と言いはじめます。

集団から抜け出し、独りで、誇り高く、
自分たちの真理をうなりをあげて吠えるのです。

しかし、これで終わりではありません。

最後には、おとなしく従うこともなければ
反逆することもなく、それでいて無垢で、
自発的で、自分自身の実存に真実である
子どもが現われ出ます。

まさに今、あなたがどのようなスペースにいようとも
——眠くて憂欝であろうと、
あるいは吠えながら反逆していようと
——それを許しさえすれば、
それはなにか新しいものへと進化していくのだ
ということに気づいていましょう。





禅では、あなたはどこからも来ていないし、
どこにも行かない。

あなたはまさに今、ここに在る。
来ることもなければ、行くこともない。

あらゆることが、あなたのそばを通りすぎていく。
あなたの意識はそれを映しだす、

が、それと一体化することはない。

ライオンが鏡の前で吠えると、
その鏡も吠えると思うかね?

あるいは、そのライオンが行ってしまい、
子どもが踊りながらやって来ると、

鏡はライオンのことなどすっかり忘れて、

その子といっしょに踊りだす——鏡は
子どもといっしょに踊る、そう思うかね?

鏡はなにもしない、ただ映しだすだけだ。

あなたの意識は鏡にすぎない。

あなたは来ることもなければ、行くこともない。

ものごとは来ては去っていく。

あなたは若さを迎え、年を取る。
あなたは生き、死んでしまう。

こうした状態はすべて、意識の永遠のプールに
映しだされたものにすぎない。
 
 
 
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  • 【雲 9 SORROW 嘆き】

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雲 9 SORROW 嘆き

これは、仏陀のいとこで弟子でもある
阿難(あなん)のイメージです。

彼はたえず仏陀のそばにいて、
22年ものあいだ仏陀のあらゆる身の回りの
世話をしていました。

仏陀が死んだとき、阿難は依然として彼のそばにいて、
泣いていたと伝えられています。

ほかの弟子たちは彼が誤解していることを責めました——

仏陀は完全に満たされて死んだのだ、
おまえは悦んでこそ当然なのだ、と。

それでも、阿難はこう言ったのです。

「きみたちこそ誤解している。

私は彼のために泣いているのではない、
自分のためなのだ。

私は何年ものあいだずっと彼のそばにいたのに、
いまだに成就していないからだ」。

阿難はその夜一晩中起きていて、深く瞑想し、
痛みを感じ、嘆き悲しんでいました。

朝になって、彼は光明を得たと言われています。

どうしようもなく嘆き悲しんでいる時は、
その奥に大きな変容の時となりうる可能性が
潜在しています。

しかし、変容が起こるためには、私たちは深く、
痛みの根そのものにまで入っていき、
非難することも自分を憐れむこともせずに、

そのあるがままの痛みを体験しなければなりません。



この痛みは、あなたを悲しませるためにあるのではない。

それを覚えておくがいい。

人びとが見逃しつづけているの はそこだ……。

この痛みは、ただあなたをもっと
油断なくさせるためにある——

というのも、人びとは矢が自分の胸に深く刺さって、
傷つかないかぎり、油断しないようにはならないからだ。

そうならないかぎり、彼らは油断しないようにはならない。

生きることが簡単で、心地よく、
都合がよければ、誰が気にするかね?

油断しないようになろうなどと誰が悩むかね?

友人が死ぬと、その可能性はある。

あなたの恋人があなたをおいて行ってしまうと——

闇の深いその夜、あなたは淋しく感じる。

あなたはその女性をとても愛していたし、
すべてを賭けていた。

ところが、ある日突然、彼女は去ってしまう。

淋しさに泣きながら、もしあなたが
それらを使えば、そういう時こそ、
気づくようになることのできる機会だ。
矢は痛む――。

それを使うことはできるのだ。

この痛みは、あなたを惨めにさせるためにあるのではない。

痛みは、あなたをもっと気づかせるためにある!

そして、あなたが気づくと、惨めさは消える。
 
 
 
  • 【雲 8 GUILT 罪悪感】

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雲 8 GUILT 罪悪感

罪悪感は、私たちが捕まってしまいかねない
もっとも破壊的な感情のひとつです。

ほかの人にひどいことをしたり、
自分自身の真実に背いたりしたら、
いうまでもなく私たちは気分が悪くなります。

しかし、自分自身を罪悪感で打ちのめしてしまうと、
偏頭痛を呼び込むことになってしまいます。

その結果、自分を疑い、自分には価値がないという、
口やかましい雲に取り巻かれ、

結局は、生が私たちに差し出そうとしている美と喜びを
なにひとつ見ることができなくなってしまいます。

私たちはみな、もっと良い人になりたいと望んでいます。

もっと愛にあふれ、もっと醒めていて、
もっと自分自身に真実でありたい、と。

しかし、失敗したからといって
自分を罪悪感で罰してしまうと、

失望と絶望の堂々巡りのなかに
閉じ込められてしまい、自分自身への明晰さ、

さらには自分が遭遇する状況への明晰さが
すべて奪い去られてしまいます。

あなたはあるがままのあなたで
完全にオーケーなのです。

そして、ときには道に迷ってしまうことも、
まったく自然なことです。

そのことから学び、先に進みつづけ、
その教訓を生かして、
二度と同じ間違いをおかさないようにしましょう。



この瞬間! この<今ここ>……。

なにかを達成しようという観点から考えはじめると、
それが忘れ去られてしまう。

達成しようとする心が湧いてくると、
あなたは今いる楽園とのつながりを失ってしまう。

これは解放をもたらす最良のアプローチのひとつだ——

それはまさに今、あなたを解放する!

罪などすべて忘れてしまうがいい、
聖人らしさもすべて忘れてしまうがいい。

どちらもばかげている。

このふたつがいっしょになって、
人間の喜びをすべて破壊してきた。

罪を犯した人は罪悪感を感じている。

喜びが失われているのはそのためだ。

たえず罪悪感を感じていたら、
自分はこんな悪いことをした、

あんな悪いことをしたと告白するために
いつも教会に行っていたら、
どうして生を楽しめるかね?

悪いこと、悪いこと、悪いこと ……
あなたの生全体が罪で作られているようだ。

どうして楽しく生きられるかね?

生を楽しむことなど不可能になる。

あなたは重くなる、

荷重がかかってしまう。

罪悪感 があなたの胸の上に岩のように居すわり、
あなたを圧しつぶす。

あなたを踊れなくしてしまう。どうして踊れるかね?

どうして罪悪感が踊れるかね?

どうして罪悪感が歌えるかね?

どうして罪悪感が愛せるかね?

どうして罪悪感が生きられるかね?

だから、自分はなにか悪いことを
やっていると思っている人は、
罪の意識をいだいている。

重荷を負い、死より先に死んでいて、
すでに墓に入っている。
 
 
 
  • 【雲 7 POLITICS 政治】

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雲 7 POLITICS 政治

この人が誰だかわかりますか?

もっとも無垢で誠実な人を除いて、
私たちみんなの心のどこかに策を弄する
政治家が潜んでいます。

事実、心(マインド)は策士です。

状況と人びとを操ろうとして画策し、
策略を用い、自分の欲しいものを手に入れようする、

それが心の本性なのです。

ここでは、その心は雲で覆われた蛇で表わされ、
「二枚舌」を使っています。

しかし、このカードを理解するうえで大切なことは、
どちらの顔も嘘だということです。

甘く、無垢な、「私を信頼して」という顔も
仮面であり、邪悪で、毒をもち、
「おまえなんかおれの思い通りになるんだぞ」という
顔も仮面です。

このゲーム全体が嘘なのです。
このゲームをしていないかどうか、
自分自身をよく見てみましょう。

そこであなたが見るものは痛みを伴うでしょうが、
ゲームをさらにつづける痛みほどではありません。

そんなことをしても、最終的には誰のためにも
なりませんし、なによりもあなたのためには
まったくならないのです。

このやり方でなにかを達成したとしても、
それはすべて水泡に帰してしまいます。




うまく装うことのできる人、
偽善者になれる人であれば、
誰でもあなたがたの政治的な指導者になるだろう、
あなたがたの宗教的な聖職者になるだろう。

そういう人には偽善だけがあればいい。
ずる賢さだけがあればいい。

その背後に隠れる装いがあれば、それでいい。
あなたがたの政治家たちは二重の生活をしている。

あなたがたの聖職者たちは二重の生活をしている。

ひとつは表の入口から、もうひとつは裏口から。

そして、その裏口の人生こそが彼らのほんとうの人生だ。

表口での笑みは偽りにすぎず、
とても無垢なように見えるその顔は、
訓練で鍛えたものにすぎない。

もし政治家のほんとうの姿を見たければ、
政治家をその裏口から見なければならない。

そこでこそ、政治家は自分のあるがままを
さらけ出しているし、聖職者も同じだ。

この二種類のずる賢い人たちが人類を支配してきた。

しかも彼らは、もし人類を支配したければ
人類を弱くし、罪悪感を抱かせ、

自分には価値がないと思い込ませることだということに、
ひじょうに早くから気づいていた。

その尊厳を破壊し、栄光をすべて取り去り、
屈辱を与えることだ、と。

しかも彼らは、まったく目につかないほど
微妙なやり方で屈辱を与える方法を見いだした。

あなたに屈辱を与えるのは、
あなたを破壊してしまうのは、
あなた自身に任せるのだ。

彼らはあなたがたに一種の緩慢な
自殺を教え込んできた。
 
 
 
  • 【雲 6 THE BURDEN 重荷】

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雲 6 THE BURDEN 重荷

「こうすべきだ」「こうすべきではない」という
他人から押しつけられた重荷をかついでいると、
私たちはこの人物のようにボロを身にまとい、
登り坂を悪戦苦闘して進むことになります。

彼が背負っている愚かな暴君は、
「もっと速く、もっと頑張って、
頂上に行き着くんだ!」と叫んでいますが、

その暴君自身は傲慢な
雄鶏(おんどり)の冠をかぶっているのです。

最近、生は揺りかごから墓場へとつづく
苦闘でしかないと感じるようなら、
ちょっと肩をすくめて、このような人格を
背負わずに歩くとどういう感じがするか、
見てみる時かもしれません。

あなたにはあなた自身の征服すべき山があり、
実現すべき夢があるのですが、
それを実行するエネルギーは、
他人から寄せ集めたものなのに
自分のものだと思い込んでいる期待を
すべて解き放たないかぎり、
けっして得られません。

たぶん、それらはあなた自身の
心のなかにしか存在していないのですが、
だからといって、それらがあなたを
押しつぶしてしまうことがないとはかぎりません。

荷をおろして軽くなり、そ れらを
行くべきところへ勝手に行かせてしまう時です。




人間のほんとうの生は、
他人から押しつけられた嘘を取り払う道だ。

身につけているものを脱ぎ、裸で、
自然 であれば、人はあるがままの自分だ。

これは、在るということであって、
なるということではない。

嘘は真実にはなりえない。

人格はあなたの魂(ソウル) にはなりえない。

非本質的なものを本質的なものにする方法はない。

非本質的なものは非本質的なままだし、
本質的なものは本質的なままだ。

それらは取りかえることのできないものだ。

そして、真実なるものを得ようと奮闘しても、
ますます混乱が生じるだけだ。

真実なるものは達成される必要はない。

達成することはできないのだ。
それはすでに現状としてある。

ただ嘘を落とせばいいだけだ。

あらゆる目標や目的や理想やゴールやイデオロギー、
宗教、改善と改良のシステム、すべて嘘だ。

それらに気をつけるがいい。

今のままの自分だと、自分こそ嘘だという事実を
認めるがいい。

他人に操られ、教え込まれている。

真実なるものを求めて奮闘することは
心を逸らすことであり、
引き延ばすことだ。

そうやって嘘は隠れようとする。

嘘を見てみるがいい。

あなたの人格という嘘を深く見つめてみるがいい。

というのも、嘘を見ることが、
嘘をつくのをやめることだからだ。

もはや嘘をつかないということは、
もはやどんな真実も探し求めないということだ——

探し求める必要はない。

嘘が消えるやいなや、真実が
そのすべての美と輝きと共にそこにある。

嘘を見ることで、嘘は消える。
そして、後に残ったもの、それが真実だ。