【雲 キング Control コントロール】

2011年05月01日02:01  写真あり

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雲 キング Control コントロール

コントロールには時と場所がありますが、
もしそれを自分たちの生を管理することに用いたら、
私たちは結局、柔軟性をまったく
失ってしまうことになります。

この人物は自分を取り囲む
ピラミッド形の視野に閉じ込められています。

彼のつやのある表面は光り輝き、
光を反射していますが、
その光は内部には届いていません。

彼は自分のまわりに自ら作り上げたこの構造のなかで、
まるでミイラになっているかのようです。

拳(こぶし) を固く握り締め、目はうつろで、
ほとんど見えていません。

テーブルの下の下半身はナイフの切っ先、
切りわける刃になっています。

彼の世界は管理された完璧なものですが、
活き活きとはしていません

自発性や感受性が入ってくるのを
許すことができないのです。

「雲のキング」のイメージは、
深く息をつき、ネクタイをゆるめ、

楽にすることを私たちに思い出させてくれます。

たとえなにか間違いが起こっても、
それでいいのです。

事態がちょっと手に負えなくなったとしても、
それは望ましいことなのかもしれません。

生には、「事態を完全に支配している」ことよりも、
もっともっと多くのことがあります。




自分をコントロールしている人はいつも神経質になっている。

奥深いところに依然として動揺が隠されているからだ。

もしコントロールせずに、流れ、
活気に満ちていたら、神経質にはならない。

神経質になることなど問題外だ、、、
起こることはすべて起こる。

あなたは未来に期待を抱いていない、演技してはいない。

だとしたら、なぜ神経質にならなければならないかね?

その心をコントロールするためには、
生のエネルギーが自分の手足、
からだに流れ込めなくなるほど冷たく、
凍りついていなければならない。

もしエネルギーが流れるのを許したら、
こうした抑圧が表面に浮かび上がってくる。

だからこそ人びとは、冷たくあるにはどうすればいいのか、
相手に触れても触れないようにするにはどうすればいいのか、
人びとを見ても見ないようにするにはどうすればいいのか、
その方法を学んできたのだ。

人びとは陳腐な決まり文句で生きている

「こんにちは、ご機嫌いかがですか」

誰も本気でそう思ってはいない。

こうしたことは、ふたりのほんとうの出会いを
避けるためのものだ。

人びとは互いに相手の目を見ない、手を取り合わない、
互いのエネルギーを感じ合おうとしない、
相手の本音を聞こうとはしない、、、
ひじょうに怖れている。拘束服で身を固めて、
とにかくなんとかやり繰りしながら、
冷たく、死んだようになっている。
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