【水 8 LETTING GO 手放し】

2011年05月01日03:12  写真あり

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水 8 LETTING GO 手放し

早朝のこの蓮の葉のイメージを見ると、
一滴のしずくが落ちたばかりだということが
水の波紋からわかります。

それはかけがえのない瞬間であり、
強く私たちに訴えかけてくるものがあります。

重力に任せて葉から滑り落ちることで、
そのしずくはそれまでの自己確認(アイデンティティ) を失い、
下の水の広がりに加わります。

落ちる前にしずくは震えたに
違いないということは、想像できます。

すでに知っているものと、
知ることのできないものとの瀬戸際で——。

このカードを選ぶということは、
なにかが終わっている、
なにかが完結していることが確認されたということです。

なんであれ——

仕事、関係、あなたが愛してきた家庭、
とにかく、これまで自分とは誰なのかを
はっきりさせるための助けとなってきたに違いないもの——
それを手放し、去って行かせる時です。

しがみつこうとせずに、どんな悲しみも受け容れて——。

より大きななにかがあなたを待っています。

発見されるべき新しい次元がそこにあるのです。

あなたはもはや戻ることのできない地点を越えてしまい、
重力が働いています。

それと共に行きましょう——それは解放を意味しています。



存在にあっては、優れている人はひとりもいないし、
劣っている人もひとりもいない。

一枚の草の葉も大きな星も まったく平等だ……。

だが、人間はほかのものよりも高い位を占めたがる。

自然を征服したがる。だからこそ、
人間はたえず戦わなければならないのだ。

この戦いからあらゆる複雑さが生まれる。

無垢な人とは、戦うことを放棄した人のことだ。

より高い位を占めることにはもはや興味のない人、
自分は特別なのだということを行動で示し、
証明することにはもはや興味がない人のことだ。

一輪の薔薇(ばら) の花のように、
あるいは蓮の葉の上のしずくのようになった人のこと、

この永遠の一部になった人のこと、
溶け、溶け去り、大海とひとつになり、

まさにひとつの波になった 人のこと、
「私」という考えがない人のことだ。

「私」の 消失こそが無垢だ。
 
 
 
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